大西脳外科クリニック

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O's News 2025年8月 第247号

新しいアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」について知っておきたいこと

近年、アルツハイマー型認知症の新しい治療薬として「レカネマブ(商品名:レケンビ®)」が注目されています。画期的な薬として期待される一方で、治療を受けるためには知っておくべき大切な点も多くあります。この薬について正しく理解し、ご自身やご家族にとって最適な選択をするための一助として、この原稿をお役立てください。



アルツハイマー病とは?-症状と診断

アルツハイマー病は、認知症の中で最も多い病気です。単なる「物忘れ」とは異なり、例えば「朝食を食べたこと自体を忘れてしまう」といった体験そのものを忘れる記憶障害が特徴です。また、時間や場所が分からなくなる、段取りを立てて物事を進められなくなる、人柄が変わってしまうなどの症状も現れます。

原因の一つとして、脳の中に「アミロイドベータ」という異常なたんぱく質が長年にわたって蓄積し、神経細胞を傷つけるためと考えられています。

診断のためには、まず問診や認知機能検査で症状を確認します。その上で、MRI検査で脳の萎縮の程度などを調べ、アルツハイマー病が強く疑われる場合には、脳内にアミロイドベータが溜まっているかを特殊な検査(アミロイドPET検査や脳脊髄液検査)で確認し、最終的に診断を確定します。

髙橋 賢吉

脳腫瘍・頭蓋底外科センター長
髙橋 賢吉



新薬レカネマブの「効果」と「限界」

レカネマブは、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドベータを脳内から取り除くことを目的とした、初めての治療薬です。


期待される効果

この薬の最も重要な点は、病気の進行を「緩やかにする」効果が期待できることです。臨床試験では、1年半の投与で、投与しなかった人と比べて病気の進行を27%抑制したと報告されています。これは、病気の進行を数ヶ月遅らせる程度の効果に相当すると考えられています。100人の方に薬を投与して、進行を遅らせる効果があるのは27人)


知っておくべき限界

一方で、レカネマブは失われた記憶や認知機能を取り戻す「治癒」薬ではありません。また、あくまで病気の進行を遅らせるものであり、進行を止めることはできません。効果の感じ方には個人差が大きく、効果が乏しい場合もあり得ます。治療を受けられるのは、アミロイドベータの蓄積が確認された「早期」の患者さん(軽度認知障害または軽度の認知症)に限られます。




治療の負担と高額な費用

治療を選択する上で、効果だけでなく負担についても理解しておくことが不可欠です。



  1. 通院の負担
    治療は「2週間に1」の通院による1時間の点滴で行われ、これを1年半続ける必要があります。これは、患者さんご本人だけでなく、付き添うご家族にとっても大きな時間的・身体的負担となります。

  2. 副作用のリスク
    「アミロイド関連画像異常(ARIA)」と呼ばれる、脳のむくみやごく小さな出血といった副作用が数%に起こる危険性があります。多くは無症状ですが、頭痛やめまいなどが現れることもあります。この副作用を早期に発見するため、治療期間中は定期的なMRI検査が欠かせません。

  3. 高額な医療費
    レカネマブの薬価は非常に高く、体重50kgの患者さんで年間約298万円にものぼります。公的医療保険が適用され、さらに「高額療養費制度」を利用することで自己負担は軽減されますが、それでも所得に応じて一定の負担が必要です。これに加えて、検査費用や通院費もかかります。

    この費用をかけて得られる効果(病気の進行を数ヶ月遅らせる)をどう考えるか(費用対効果)は、個人の価値観や経済状況によって判断が分かれる点です。




まとめ:主治医や家族との十分な相談を

レカネマブは、アルツハイマー病治療の新たな選択肢であり、希望の光であることは間違いありません。しかし、その効果は限定的であり、通院や費用、副作用といった様々な負担も伴います。治療を受けるかどうかは、これらのメリットとデメリットを十分に理解した上で、主治医やご家族と何度も話し合い、ご自身の人生にとって何が最善かを慎重に判断することが何よりも大切です。